カンボジアの孤児院で急にビックダディーになっちゃった日本人の奮闘記

カンボジア在住の30代の奮闘記。気づいたらボランティアでも支援でもなくお兄ちゃん兼、お父さんになっていた。

カンボジアの孤児院というものを側で見てきて

孤児院というと日本ではどんなイメージだろう??

 

両親がいなかったり、虐待を受けていたり、

貧しい家庭のためやむを得ない状況であったり、、、そんなどこか暗いイメージが強いのではないだろうか??

 

f:id:yu_go0910:20170225022418j:image

 

 

 

もしくは、日本の児童養護施設のようなイメージを持っている人も多いかも知れないですね。

 

僕自身もずっとかかり始めるまでがそうでした。

 

だから、僕が孤児院へ訪ねて行くときはよく、

 

お菓子をたくさん持っていったり、

文房具を持っていったり

服を持っていったり

 

”何か渡してあげたい”

 

という気持ちでいつもあふれていました。

 

心のどこかでかわいそうと思っていたんだと思います。

 

ところが、1年に3〜4回、日本からいつも通っていた頃はそれでいて違和感なんて感じませんでした。

 

が、カンボジアに移住しだしてから、その違和感にぶち当たりだしました。

 

あれ?何か期待されているぞ?

あれ?次はこれが欲しい!と求め出されているぞ?

あれ?渡したものが無造作にそこら中に散らばっているぞ?

 

多くのボランティアさんがやってくる孤児院。

 

そのボランティアさんが来てくれることが当たり前。

そのボランティアさんが何かくれるのが当たり前。

そんな”当たり前”を感じ始めてしまったのですm(__)m

 

ボランティアさんによって助けられるという現実。

 

ボランティアさんによって子どもたちの何かが崩れてしまっているという現実。

 

このどちらが悪いということはなくこれが現実だったりします。

 

もちろんみんなで何かすることは楽しいです。

 

 

f:id:yu_go0910:20170225022603j:image

 

そして、思いを持って動くことはとってもいいこと。

 

ただ時にそれが一過性のものや、

一方通行になってしまっていることがあります。

 

小さな親切が大きなお世話にならないためにも、自分の中で”なぜ”それをするのかをしっかりもって、その気持ちを大切に行動することが大切なのかも知れませんね。

 

 

f:id:yu_go0910:20170225022523j:image