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カンボジアの孤児院で急にビックダディーになっちゃった日本人の奮闘記

カンボジア在住の30代の奮闘記。気づいたらボランティアでも支援でもなくお兄ちゃん兼、お父さんになっていた。

夢があろうとなかろうと。結果なるものになる!理論。

カンボジアへやって来て早5年。


5年前の僕はただ単に勢いで生きていた。


こんな事して人の役に立つんだ!

誰かの力になるんだ!


知性 0

熱さ 100

素早さ 80

力 40


そんな感じのステータス。


お米を届けたり、服を届けたり、


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文房具を届けたり、


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そんな風に人に与えることで自分が満たされていたと思う。

いや、与えていたつもりだったのかも知れない。


深く深く考えれなかった僕は、


「小さな親切、大きなお世話」


という言葉に初めて直面したのを覚えてる。


そんな昔話は追って書こうと思う。


結果今どうなっているかというと、


子どもたちとMIRAIというブランドを立ち上げたり


気づけば40人のお兄ちゃん兼、お父さんみたいになっていた。


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もちろん、ここまでのストーリーを話そうと思ったらそりゃ語りたいことは山ほどある。

(後々書いていきたいなとおもってます)



人生なんて不思議なもので、

子供の頃に思い描いた夢の通りになることのが少ない。


なぜかっていうと、きっと見るものがすごく広がってしまうから。


子どもの頃の夢を覚えてますか?


スポーツ選手

お菓子屋さん

車屋さん

おもちゃ屋さん

先生

 

などなど。


自分が見たことのあるもの・知っているものからしら自分よ夢は生まれないから、そんな風に子どもの頃の夢は偏った業種に多いと思う。


それが大人になるにつれ、

挫折を味わったり、感動を味わったり、

100円だったお小遣いが時給900円になったり、

自分の行動する幅、見れるものの幅が広がって行くと、


あれ?これやってみたいかも。

あれ?この仕事したいかも。

あ!ここに住みたい!


とか夢が生まれていく。


だから夢が変わらずまっすぐ追っている人はすごいけど、だからといった変わるというのは悪くない。むしろそれすらとってもいい事だとも思う。



英語もA-Zがスラスラ言えなかった僕が、

英語を使って生活している。

なんだったら呪文みたいなカンボジア語をちょっと覚えてしまっている、



子どもの頃のサッカー選手という夢はどこへ??


それがなくなって悲しいかと言われたらそうじゃない。


むしろ夢がない事が最強だとおもった時期すらある。


だってなんでも出来るから。

決めてないからまだまだ選べる。


そんな時期を堪能しまくった僕は、


結果いま、なぜだか孤児院の子どもたちのお兄ちゃん兼、お父さんとなった。


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なんどもいうけど、またこれからその辺りを書いていこうと思う。